浮遊感染性ウイルスの光触媒による不活化

これまでのことから、閉鎖空間においては、浮遊感染性ウイルスはインフルエンザ感染に重要であり換気は感染リスクを減らすのに重要である。そこで、閉鎖空間での浮遊インフルエンザウイルスの不活化には、種々な原理に基づき様々な方法による空気清浄機が考えられる。ここでは、光触媒を用いた浮遊インフルエンザウイルスの不活化を紹介する。
 光触媒は我が国で開発された世界に誇れる技術とされる。光触媒は光を吸収することにより触媒として作用する物質のことで、現在実用化され広く使用されているものは二酸化チタン(TiO_)のみである。光触媒は太陽や蛍光灯の紫外線を吸収し、紫外線のエネルギーが吸収され電子が活性化し、その表面から電子が飛び出す。電子が抜け出た穴は正孔(ホール)と呼ばれておりプラスの電荷を帯びている。正孔(positive holes(h_))は強い酸化力を持ち、水分中にあるOH_(水酸化イオン)などから電子を奪い、negative electronz(e_)ができて、反応性に富んだsuperoxide anions(0_+e_→O__)とhydroxyl radicals(OH_+h_→・OH)を生じるとされる。これが相手から電子を奪う強力な酸化反応を引き起こし、嫌な臭い、ウイルス、病原菌など有機物質を分解する。OHラジカルは強力な酸化力を持つために近くの有機物から電子を奪い、自分自身が安定になろうとする。このようにして電子を奪われた有機物は結合を分断され、最終的には二酸化炭素や水となり大気中に発散していく。このような原理から、酸素や水から活性物質を生成させ、臭気物質、細菌、ウイルスなどを酸化分解し抗菌・消臭効果を発現し、無害化する。分解の困難な揮発性有機塩素化合物(VOCガス:シックハウス原因物質)や有毒化合物を分解や無毒化することができる。光触媒(二酸化チタン)に光(紫外線)が当たると、分解の速度は二酸化チタンの表面積、紫外線強度、対象有害物質の濃度などの条件に左右される。大量の揮発性有機物質に対して、この能力が不十分であれば、アルデヒドなどが残ることも報告されている。環境中では大きな光触媒の面の上に汚染水を流し、太陽光を利用した光触媒技術で、水の浄化研究も行われている。
 なお、二酸化チタンは食品添加物や化粧品、特に「日焼け止め」に使用されており、安全性は高い。
 本研究に使用したOTA社製の光触媒空気清浄装置のアセトアルデヒドの分解能は高く、5ppmのアセトアルデヒドと1.56%の水分を含むガスを、光触媒装置を1リッター/分(25±2℃、湿度40±10%)で通過させた。少なくとも180分にわたって、1回の通過で、アセトアルデヒドの78.36%は安定して除去された。(?神奈川科学アカデミー測定JIS R 1701-2)したがって、この装置では、通常の環境において揮発性の有機溶媒の分解が不十分でアルデヒドを生じる可能性は考えにくい。このような光触媒を原理とする空気清浄機を用いて、浮遊インフルエンザウイルスの不活化に関して検討した。
 図のように、電動噴霧器(粒子径7〜15_)で生じた※エアロゾルに含まれる浮遊感染性インフルエンザウイルスが30分程度検出できる状況を、光触媒空気清浄装置では5分以内に感染性が検出できなくできた。この結果は、閉鎖空間に浮遊するインフルエンザウイルスの感染性を効率よく除去できる可能性を示唆した。

おわりに

インフルエンザの感染には宿主側の局所因子として、インフルエンザウイルスレセプターだけでなく口腔内ケアや乾燥による気道の状況(繊毛運動の傷害)による感染感受性、細菌などから産生されるインフルエンザウイルスの感染性にかかわる酵素の影響が知られている。また、インフルエンザの感染は患者のくしゃみや咳(または呼気)から生じる飛沫咳1〜3_が重要で、1回生産されたエアロゾルの感染性は、30分程度持続する。くしゃみや咳で連続的に産生され、空間に蓄積する。空調の停止した飛行機内(72%感染)と同様に、閉鎖空間では、エアロゾルがインフルエンザの効率良い感染源(特に、学校などの集団感染源)となることは良く理解できる。
 閉鎖空間において、集団感染を予防する手段は、換気とマスクや口腔内衛生など上記の宿主側因子の調整が重要であるが、実際の効果については不明である。しかし、脱臭にも効果を示す光触媒による空気清浄機は浮遊感染性インフルエンザを効率よく不活化、閉鎖空間では有効な手段となる可能性が示唆された。
※エアロゾル‥‥固体また液体の微粒子が、気体中でコロイド状になって浮遊している状態。もや、霧、煙、ミスト、スモッグがこれにあたる。

日本ウイルス学会の季刊『臨床とウイルス』Vol.39/No.5に掲載された富山大学医学薬学研究部白木公康教授らの論文「インフルエンザエアロゾルの感染性と不活化」より抜粋